基本的には、CPUは、かけられる電圧と動作速度が比例する様だ。良コアと呼ばれているものは、ある動作速度に対して必要な電圧が低いということのように見える。
その点、Core i5-2500Sの動作を見ていると、すごいと思う。平時は、従来ULV版でしかサポートしていなかった電圧に下がっている様子で、1.6GHz/0.78Vくらいをたたき出してしまう。TDPは65Wだけど、それはアクセルをふかしたときの消費電力。アイドリング状態ではそれほどの電力は消費しない。しかも、この数字は、どのSandyBridgeでも出せる数字なのかもしれない。(2500Sは従来の低電圧版に対応するグレードだから、確定ではないけど。)
もしそうなら、ソフトウェアで上限を決められるようにしてしまえば(つまりKグレードのようなもの)、発熱と動作時間を結構自由に操作できてしまうんじゃないだろうか、と想像する。今は消費電力はグレードで決められている。Tグレードは35-45W,Sグレードは65W,ノーマルグレードとKグレードは95Wとなっていて、一部を除いてi3/i5/i7間でのTDPの差はない。
モバイル(Mグレード)は基本的に内蔵GPUがHD3000なのと、ULVグレード(iX-2XX7M)の存在がユニークではあるけども、デスクトップ向けのKグレードをいじったって達成可能なんじゃないだろうか、と思う次第。
いままでのArrandaleまでは、標準「電圧」版とか低「電圧」版と、動作電圧がそもそも違っていた。デスクトップ版CPUの最低電圧とモバイルのそれは違っていた。けども、今は、ノーマルグレードでも省電力版でも最低電圧は一緒かもしれない。このあたり、SandyBridge世代のCPUの特徴なんだろうなと思った。
なら、Sandy世代のノートPCの作り方は相当変わってくる、チューニング次第では標準グレードのCPUでも長時間モード、ないし昨今の事情を反映した「省電力モード」を作り出せるはず。(本体のサイズは、アクセルをふかしたときのために、それなりに大きくなるはずだけども。)それがなんだか、そうなってなくて残念な感じがしてならない。モバイル用途には向いていないTurboBoostがそもそもなく、ある意味モバイル向きのi3シリーズに超低電圧グレードがないところも気になる。(HTのないPentium P620Tあたりのほうが、おいしい。)SandyBridgeのULVグレードが18Wと、思いのほか低くないのが原因なのかもしれない。(つまり、Sandyは電圧を下げても10W〜15Wくらいのところに壁があって最低消費電力を下げられない?)
これが実現するのは、さらなる省電力化が進むIvyBridgeになるかもしれない。モバイルにとってSandyBridgeはあまり魅力的ではない(ArrandaleからGPUとAVX以外の進歩がなく、その進歩は主にデスクトップ向けのものだから)プラットフォームだった。OSメーカーが最適化を進めれば、ライトユースではひんやりしてパームレストも底面も熱くならない、でもエンコーダーが立ち上がれば無茶苦茶に速い、そんなノートPCも見えてくる。
とりあえずの結論として、今販売されているプロダクトの段階で、ArrandaleでもSandyBridgeでも、動作速度と電圧をいじれれば相当冷えるはず。Macbook Airはそのあたりをうまく使っていると思う。次に出てくるMacbook Proは、もしかすると、かなり熱処理がうまくなっているかもしれない。それなら嬉しいんだけど、と思う次第。
あとは、バッテリとHDD。HDDはSSDが出てきてかなり改善される予定なので、バッテリーの充電時の発熱のコントロールが重要になるはず。いたわり充電モード(充電上限を下げる)、ゆっくり充電モード(充電時間を長くして発熱を下げる)、どちらの機能も重要だと思う。その面から見ても、Macbook Airはかなり気を遣っている様子。とても「バランスの良い」プロダクトなんだなあ。
記事の更新は少ないです…が時々コメント欄で話題を広げていたりします。楽しいコメントをいただければ嬉しいです。
(返信できないかもしれません。ご了承ください)
(返信できないかもしれません。ご了承ください)
2011年8月25日
2011年7月27日
スマホはクラウドに追いつけるのか
Android端末のXperia ArcとiPhone4を使ってみて思うことなんですが、スマートフォンって今までのMac,Windowsの関係を引きずっているような気がして、クラウド体験できる日が来るのはいつなんだろう、と思ってます。
まず、クラウド体験というのは、端末にかかわらず、同じサービス、同じデータが参照できるということにしましょう。(個人的な定義です。)ヤフーなんかのWEBサイト、HTML5サイトなどは、PCで見てもMacで見てもスマホで見ても同じ内容です。そしてクラウド体験で一番大事になってくるのは、その体験を他人も再現可能である、という点。もちろん、個人認証の必要なWEBメールを他人が見られる、というわけではなく、たとえばYahooトピックスのように、あるニュースについて、他人とドコソコでナニナニの事件があったよね、とかいう話を共有できたり、それを耳にした人がYahooサイトにアクセスして同じニュースに到達可能である、ということ。
我が家のモバイルたちは、Xperiaはb-mobileの300Kbps限定プランながらパケット利用可能・電話不可な端末。一方のiPhone4はSoftbankの電話がつかえて、パケットは(経済的理由から)封印してある端末。ほかにノートPC等あるので、通信が必要な場合はWIMAXを使っていますが、居住エリア的にWIMAXのエリアは限定的で、つながったり切れたりします。
もともと同様な使い方でiPhoneを3GSから使っていたことと、WM3500R用のアプリがリリースされてから面倒くささは減ってきてはいるんですが、Xperiaの3G通信は圏外はまずありませんし、メールのプッシュ通信もきちんと機能するし、フェースブックやTwitter等の「ちょっとした確認」は最近もっぱらXperiaになってしまいました。接続安定性で考えればb-mobileの圧倒的勝利です。
問題なのは、今までに購入したアプリ、100本。
最近は「なめこの養殖」にもっぱら時間を食われがちなんですが(笑)、Androidではできないんですね。
逆に、Androidでの暇つぶしはもっぱらドラクエ5なんですが、これはグレーであることが原因でiPhoneではできない。
要するに、開発者がモバイルデバイスすべてに対して開発するスキルがなかったり、ペイの問題でサポートしていなかったり、規約の問題でリリースできなかったり、という状況があって、「スマートフォン」を買ったからと言って、「他のユーザーと同じ体験」ができるわけではない…という問題がすでにある、ということです。
EvernoteやDropboxのように、PCやスマートフォンを含めてほとんどのプラットフォームをサポートするような製品群を出すという解決策は、昔々にWindows用、Mac用のプログラムを「ハイブリッドCD」と謳ってサポートしていた時代とよく似ているんだと思います。ただ、結局、MacとWindowsの間は乖離していってしまって、WindowsをMacに切り替えるということは、Canonでレンズをそろえた人がNikonに鞍替えするように、本体ハード以外にも、ソフトや周辺機器・オプション類のために多額の出費を必要とした。今や、iPhoneユーザーがAndroidに乗り換えるにも、同じようになりつつある。それはアプリストア化によって、「ハイブリッドCD」的な回避策もない。ただ2社にクレジットカード情報をあずけ、1つのサービス体験に対して2回の支払いをすることで、2機種でのサービスを享受できる、という構造になる。
スマホの現状は、そういう状況にあると思う。
回避策としては、iPhone用アプリは無料にしておいて、アプリ内課金でアプリ実行権を買うと「登録コード」的なものが発行される。Androidアプリも同様になっていて、アプリ内課金で買おうとすると登録コードを選べる。すると、購入ステップがスキップできるとか(←ちょっと無理がありそうな気がする)、販売価格を値引く(85円になるとか)。
具体的な方法はよくわからないけども、1つのサービスが1回の支払いで複数の端末で享受できるという純粋なクラウド体験からは遠ざかっている。ようやくWindowsPhone7.5端末も登場したけれど、そのたびにストアが増えるようでは、結局の所OSのシェアの多いところが売れる、という話になっていく。そろそろ、そういう「モノ」と「シェア」の段階をこえて、真に自己という連続体の中にサービスがピッタリと沿っていけるような展開を実現できないものか、と思う。
まず、クラウド体験というのは、端末にかかわらず、同じサービス、同じデータが参照できるということにしましょう。(個人的な定義です。)ヤフーなんかのWEBサイト、HTML5サイトなどは、PCで見てもMacで見てもスマホで見ても同じ内容です。そしてクラウド体験で一番大事になってくるのは、その体験を他人も再現可能である、という点。もちろん、個人認証の必要なWEBメールを他人が見られる、というわけではなく、たとえばYahooトピックスのように、あるニュースについて、他人とドコソコでナニナニの事件があったよね、とかいう話を共有できたり、それを耳にした人がYahooサイトにアクセスして同じニュースに到達可能である、ということ。
我が家のモバイルたちは、Xperiaはb-mobileの300Kbps限定プランながらパケット利用可能・電話不可な端末。一方のiPhone4はSoftbankの電話がつかえて、パケットは(経済的理由から)封印してある端末。ほかにノートPC等あるので、通信が必要な場合はWIMAXを使っていますが、居住エリア的にWIMAXのエリアは限定的で、つながったり切れたりします。
もともと同様な使い方でiPhoneを3GSから使っていたことと、WM3500R用のアプリがリリースされてから面倒くささは減ってきてはいるんですが、Xperiaの3G通信は圏外はまずありませんし、メールのプッシュ通信もきちんと機能するし、フェースブックやTwitter等の「ちょっとした確認」は最近もっぱらXperiaになってしまいました。接続安定性で考えればb-mobileの圧倒的勝利です。
問題なのは、今までに購入したアプリ、100本。
最近は「なめこの養殖」にもっぱら時間を食われがちなんですが(笑)、Androidではできないんですね。
逆に、Androidでの暇つぶしはもっぱらドラクエ5なんですが、これはグレーであることが原因でiPhoneではできない。
要するに、開発者がモバイルデバイスすべてに対して開発するスキルがなかったり、ペイの問題でサポートしていなかったり、規約の問題でリリースできなかったり、という状況があって、「スマートフォン」を買ったからと言って、「他のユーザーと同じ体験」ができるわけではない…という問題がすでにある、ということです。
EvernoteやDropboxのように、PCやスマートフォンを含めてほとんどのプラットフォームをサポートするような製品群を出すという解決策は、昔々にWindows用、Mac用のプログラムを「ハイブリッドCD」と謳ってサポートしていた時代とよく似ているんだと思います。ただ、結局、MacとWindowsの間は乖離していってしまって、WindowsをMacに切り替えるということは、Canonでレンズをそろえた人がNikonに鞍替えするように、本体ハード以外にも、ソフトや周辺機器・オプション類のために多額の出費を必要とした。今や、iPhoneユーザーがAndroidに乗り換えるにも、同じようになりつつある。それはアプリストア化によって、「ハイブリッドCD」的な回避策もない。ただ2社にクレジットカード情報をあずけ、1つのサービス体験に対して2回の支払いをすることで、2機種でのサービスを享受できる、という構造になる。
スマホの現状は、そういう状況にあると思う。
回避策としては、iPhone用アプリは無料にしておいて、アプリ内課金でアプリ実行権を買うと「登録コード」的なものが発行される。Androidアプリも同様になっていて、アプリ内課金で買おうとすると登録コードを選べる。すると、購入ステップがスキップできるとか(←ちょっと無理がありそうな気がする)、販売価格を値引く(85円になるとか)。
具体的な方法はよくわからないけども、1つのサービスが1回の支払いで複数の端末で享受できるという純粋なクラウド体験からは遠ざかっている。ようやくWindowsPhone7.5端末も登場したけれど、そのたびにストアが増えるようでは、結局の所OSのシェアの多いところが売れる、という話になっていく。そろそろ、そういう「モノ」と「シェア」の段階をこえて、真に自己という連続体の中にサービスがピッタリと沿っていけるような展開を実現できないものか、と思う。
2011年7月4日
iPadの予想はつまるところ
iOSに左右されるところが大きいんじゃないだろうか、と思う次第。
iOS5で採用されるだろうマルチタッチジェスチャーが正式採用になれば、ホームボタンは不要になるし、ホームボタンが不要になるようにジェスチャーが設計されているようにも見える。
そうすると、画面比率を現行の4:3ではなく、iPhoneと同列の3:2にできるし、1920x1200(フルHD再生対応)を9.7インチに納めることもできる。
iPad3やiPhone5にはとても期待しているけども、その期待はつまるところiOS5への期待に近い。
というわけで、OSのほうを予想するほうが楽しいと思うんだけど、なんだかモノのほうにそそられてしまうのは、信者だからかなあ。笑
とりあえず今回は、つぶやき。
iOS5で採用されるだろうマルチタッチジェスチャーが正式採用になれば、ホームボタンは不要になるし、ホームボタンが不要になるようにジェスチャーが設計されているようにも見える。
そうすると、画面比率を現行の4:3ではなく、iPhoneと同列の3:2にできるし、1920x1200(フルHD再生対応)を9.7インチに納めることもできる。
iPad3やiPhone5にはとても期待しているけども、その期待はつまるところiOS5への期待に近い。
というわけで、OSのほうを予想するほうが楽しいと思うんだけど、なんだかモノのほうにそそられてしまうのは、信者だからかなあ。笑
とりあえず今回は、つぶやき。
2011年6月10日
サーバーが息をしていないわ!
チップセット内蔵グラフィックが。
メモリやHDDエラーはなさそうだ。
sandyにしようかな。35W版のi3-2100Tかi5-2390Tが良いな。あ、i5-2390Tは2コア4スレッドなのか。TBすると消費電力が35Wにベタ付きになりそうだなぁ…。サーバーだから、2100Tかな。
メモリやHDDエラーはなさそうだ。
sandyにしようかな。35W版のi3-2100Tかi5-2390Tが良いな。あ、i5-2390Tは2コア4スレッドなのか。TBすると消費電力が35Wにベタ付きになりそうだなぁ…。サーバーだから、2100Tかな。
2011年2月19日
Twitterを使ったー
最初は、職場内の人間だけのクローズドなつながりとして。
そうすると、口の悪い人の陰口とかが聞こえてきて、嫌な気分になるだけだったので、やめた。
次は、関心のある人たちの呟きをもっぱらフォローする使い方。
そうすると、ほとんどの人はつぶやかず、一部の人だけがつぶやいているのを読むだけになり、自分からつぶやくのをやめた。
そして、結局新しいマスメディアとして活用しようとしてる人をフォローするというスタイルになった。
これは結局、rssを見ているのと同じ。
結局、ツイッターは思いつきをつぶやくのが面白いんだな、と思った次第。
道具道もそんな感じでつぶやいていこうと思います。
そうすると、口の悪い人の陰口とかが聞こえてきて、嫌な気分になるだけだったので、やめた。
次は、関心のある人たちの呟きをもっぱらフォローする使い方。
そうすると、ほとんどの人はつぶやかず、一部の人だけがつぶやいているのを読むだけになり、自分からつぶやくのをやめた。
そして、結局新しいマスメディアとして活用しようとしてる人をフォローするというスタイルになった。
これは結局、rssを見ているのと同じ。
結局、ツイッターは思いつきをつぶやくのが面白いんだな、と思った次第。
道具道もそんな感じでつぶやいていこうと思います。
2010年12月28日
「iPadすごいね」カウンター
今年は一度手放したiPadを、オークションで再度手に入れて、結局iPadとべったり半年以上過ごしてきた。
その間でiPadってすごいねって言われた回数は3回くらい。(多い、という意味で3回)
だいたい机とか外で地図やゲームを使って、見せているときだった。
もっと人間関係がアクティブな人はもっと「すごい」って言われているはず。
iPadは何人かで使える。これが共感を生んだ理由。携帯は一人用だから、すごそうだけど他人がなにをしてるのか共有する機会がない。何人かで共有できるのはとても大きな存在理由。まだまだ目が離せません。
その間でiPadってすごいねって言われた回数は3回くらい。(多い、という意味で3回)
だいたい机とか外で地図やゲームを使って、見せているときだった。
もっと人間関係がアクティブな人はもっと「すごい」って言われているはず。
iPadは何人かで使える。これが共感を生んだ理由。携帯は一人用だから、すごそうだけど他人がなにをしてるのか共有する機会がない。何人かで共有できるのはとても大きな存在理由。まだまだ目が離せません。
棚の設計
今年の初めにサーバー棚を作った。
イントラサーバーとかPS3とかが入っている。上にはテレビが載っているのでどちらかといえばテレビ台。
そして今年の終わりの今。
ほこりがすごい。
これからテレビ台を設計するときは、エアフローを考えつつフィルターを設置できるようにしよう!
げほげほっ。
イントラサーバーとかPS3とかが入っている。上にはテレビが載っているのでどちらかといえばテレビ台。
そして今年の終わりの今。
ほこりがすごい。
これからテレビ台を設計するときは、エアフローを考えつつフィルターを設置できるようにしよう!
げほげほっ。
2010年11月5日
タッチとWindows7は時代遅れなのだ。
この間、あるショップでレッツノートC1に触れる機会があった。(液晶はやはりTNだった。)
静電容量式タッチパネル+ワコムの電磁誘導式ペンのインタフェースをもち、WindowsXP Proにソフトウェアキーボードなどの独自の拡張をしたOSが入っていたものだ。きっとWindows7が入っていればタブレットPCエディション相当の機能が統合されているので、より標準化された操作性が保障されていることだろうと思う。
重量はやはり、バッテリが入っていない状態だったので何とも言えないが「レッツノートの軽さ」を保っている。とても軽かったのは、ハンドグリップとヒンジと液晶パネルが主に効果を発揮したものだからだと思う。分解してみるとわかるがレッツノートの液晶は少しでも軽くなるよう機種に最適化されている。たとえば、通常は外装は金属の枠でそこに液晶ガラスやディフューザーなどを挟み込んでいく構造になっているけれど、レッツノートは金属の枠がなくプラスチックの骨格に液晶ガラスなどがテープで固定されているような状態である。重い部品をなくすところまで設計している。このような設計方針なので、おそらくレッツノートC1の液晶も、表面の保護ガラスと液晶が一体化したような構造になっているんじゃないかなと想像できる。iPadの一番重い部品が表面の保護ガラスであることを考えれば、妥当かつ有効な軽量化手法だからだ。ヒンジも、よかった。というよりも、今までの1点支持のヒンジが重すぎるのに誰も手を出さなかったというところに問題があった。レッツノートC1は今までのコンパチタブレットPCのほぼフルスペックを満たしつつ、もっとも軽い。つまり最も有意義な機種であることは、長年の経験からすると、はっきりと感じた。
だけれども、やはり何かが違う。
時代はタブレットPCのほうを向いていない。もっと垂直統合されたシステムが脚光を浴びている。パソコンの汎用性(つまり、Windows自体)が仇となって、パソコンは日陰に追いやられていると考えられる。
パソコンのほうも黙っているわけではない。タッチPCにはいろいろな独自UIを実装しているし、富士通のデスクトップPCはかなり使い心地の良いシステムが入っている。レノボの独自UIはひどかったので、もう少し様子を見た方がいいと思う。
ただ、問題は根深い。iOS機種とWindows機種では、垂直統合の幅が段違いに違う為だ。タッチのための独自UIを使ったとしても、タッチ最適化アプリの数、タッチ環境とマウス環境を同時にサポートしないといけないという制約、電子ペンの有無、WWANやWiMAXの有無からネットワーク接続が自動化できないなど、プラットフォームとして提供する要件の違いがあり、それ故垂直統合の幅の違いが生じる。結果として、初期状態のユーザーエクスペリエンスに差が出てくる。
僕の感じるWindows7とタブレットPCは「時代遅れ」だった。
タブレットPC(正確に書けばWindowsXP TabletPC Editioin)の魅力はなんと言ってもPDFやJournalを使い、紙としてペンで描けることだ。その機能がWindowsVista(Basic仕様以外)に統合され、ようやくタブレットPCがメインストリームになろうか、というところで、iPhoneとiPadが時代を変えてしまった。
つまり、インターネットへの3Gネットワーク接続(3G+GPS)からアプリケーションまでを垂直統合されたものがよい、という時代であり、携帯電話世代の若者は皆そっちを向いてしまった。iOS機種の「触る」ではない、タブレットPCの「描く」という貴重な機能はとりのこされたまま。(前にも書いたがWindows7のTabletPCやタッチまわりの実装は明らかに手抜きだ。)
だから、すくなくともWindows7はiOSパラダイムに乗れていないし、またTabletPCの良さも認識していない。TabletPC「描く」をiOSパラダイムに乗せればどれだけ面白いかを想像するだけで身震いがする。ツイッターをdoodle(落書き)でツイートすれば、今のツイッターよりどれほど面白いだろう。スケッチブックを遠隔地の人と共有してマインドマップを作ることがどれほど生産的だろう。
残念なことに、MicrosoftはiOSの対抗馬としてタッチ(触る)を採用してしまった。これでは絶対にiOSにはかなわない。きっとWindowsMobileのリーダーもWindowsのリーダーもTabletPC部門を嫌っていたんだろう。業界の行き先を俯瞰して設計をする視点があるのかどうか?疑問に思う。
AppleのiOSの欠点は、設計思想が頑固すぎることだ。たとえばiPadに電子ペンが採用されない、と決まれば、もう何年かは絶対に採用されることはない(おそらく)。だから「描く」人たち(たとえば、本に線を引いて読む人たち)はiPadでは満足できないだろう。そういうところに焦点化したカテゴリを、柔軟に、再発見してほしい、というのを期待したい。
簡単に言えば、静電容量式タッチパネルだけしかないスレートPC(ピュアタブレットPC)はiPadに勝てず失敗するということだ。レッツノートC1のように軽量化アプローチとiPadやMacbook Airのように必要機能を絞り込んでそぎ落とした「描くように操作できる道具」と、それを既存のサービスやAPIと垂直的に融合させた機械、それを出せるメーカーがiOSと適切な競争ができると思う。そんな大規模なことができるのは、Microsoftしかないと思うのだが、Windows7のていたらくを見ていると、
「時代遅れなのだ。」
と言いたくなってしまう。とてもかなしいことだ。
静電容量式タッチパネル+ワコムの電磁誘導式ペンのインタフェースをもち、WindowsXP Proにソフトウェアキーボードなどの独自の拡張をしたOSが入っていたものだ。きっとWindows7が入っていればタブレットPCエディション相当の機能が統合されているので、より標準化された操作性が保障されていることだろうと思う。
重量はやはり、バッテリが入っていない状態だったので何とも言えないが「レッツノートの軽さ」を保っている。とても軽かったのは、ハンドグリップとヒンジと液晶パネルが主に効果を発揮したものだからだと思う。分解してみるとわかるがレッツノートの液晶は少しでも軽くなるよう機種に最適化されている。たとえば、通常は外装は金属の枠でそこに液晶ガラスやディフューザーなどを挟み込んでいく構造になっているけれど、レッツノートは金属の枠がなくプラスチックの骨格に液晶ガラスなどがテープで固定されているような状態である。重い部品をなくすところまで設計している。このような設計方針なので、おそらくレッツノートC1の液晶も、表面の保護ガラスと液晶が一体化したような構造になっているんじゃないかなと想像できる。iPadの一番重い部品が表面の保護ガラスであることを考えれば、妥当かつ有効な軽量化手法だからだ。ヒンジも、よかった。というよりも、今までの1点支持のヒンジが重すぎるのに誰も手を出さなかったというところに問題があった。レッツノートC1は今までのコンパチタブレットPCのほぼフルスペックを満たしつつ、もっとも軽い。つまり最も有意義な機種であることは、長年の経験からすると、はっきりと感じた。
だけれども、やはり何かが違う。
時代はタブレットPCのほうを向いていない。もっと垂直統合されたシステムが脚光を浴びている。パソコンの汎用性(つまり、Windows自体)が仇となって、パソコンは日陰に追いやられていると考えられる。
パソコンのほうも黙っているわけではない。タッチPCにはいろいろな独自UIを実装しているし、富士通のデスクトップPCはかなり使い心地の良いシステムが入っている。レノボの独自UIはひどかったので、もう少し様子を見た方がいいと思う。
ただ、問題は根深い。iOS機種とWindows機種では、垂直統合の幅が段違いに違う為だ。タッチのための独自UIを使ったとしても、タッチ最適化アプリの数、タッチ環境とマウス環境を同時にサポートしないといけないという制約、電子ペンの有無、WWANやWiMAXの有無からネットワーク接続が自動化できないなど、プラットフォームとして提供する要件の違いがあり、それ故垂直統合の幅の違いが生じる。結果として、初期状態のユーザーエクスペリエンスに差が出てくる。
僕の感じるWindows7とタブレットPCは「時代遅れ」だった。
タブレットPC(正確に書けばWindowsXP TabletPC Editioin)の魅力はなんと言ってもPDFやJournalを使い、紙としてペンで描けることだ。その機能がWindowsVista(Basic仕様以外)に統合され、ようやくタブレットPCがメインストリームになろうか、というところで、iPhoneとiPadが時代を変えてしまった。
つまり、インターネットへの3Gネットワーク接続(3G+GPS)からアプリケーションまでを垂直統合されたものがよい、という時代であり、携帯電話世代の若者は皆そっちを向いてしまった。iOS機種の「触る」ではない、タブレットPCの「描く」という貴重な機能はとりのこされたまま。(前にも書いたがWindows7のTabletPCやタッチまわりの実装は明らかに手抜きだ。)
だから、すくなくともWindows7はiOSパラダイムに乗れていないし、またTabletPCの良さも認識していない。TabletPC「描く」をiOSパラダイムに乗せればどれだけ面白いかを想像するだけで身震いがする。ツイッターをdoodle(落書き)でツイートすれば、今のツイッターよりどれほど面白いだろう。スケッチブックを遠隔地の人と共有してマインドマップを作ることがどれほど生産的だろう。
残念なことに、MicrosoftはiOSの対抗馬としてタッチ(触る)を採用してしまった。これでは絶対にiOSにはかなわない。きっとWindowsMobileのリーダーもWindowsのリーダーもTabletPC部門を嫌っていたんだろう。業界の行き先を俯瞰して設計をする視点があるのかどうか?疑問に思う。
AppleのiOSの欠点は、設計思想が頑固すぎることだ。たとえばiPadに電子ペンが採用されない、と決まれば、もう何年かは絶対に採用されることはない(おそらく)。だから「描く」人たち(たとえば、本に線を引いて読む人たち)はiPadでは満足できないだろう。そういうところに焦点化したカテゴリを、柔軟に、再発見してほしい、というのを期待したい。
簡単に言えば、静電容量式タッチパネルだけしかないスレートPC(ピュアタブレットPC)はiPadに勝てず失敗するということだ。レッツノートC1のように軽量化アプローチとiPadやMacbook Airのように必要機能を絞り込んでそぎ落とした「描くように操作できる道具」と、それを既存のサービスやAPIと垂直的に融合させた機械、それを出せるメーカーがiOSと適切な競争ができると思う。そんな大規模なことができるのは、Microsoftしかないと思うのだが、Windows7のていたらくを見ていると、
「時代遅れなのだ。」
と言いたくなってしまう。とてもかなしいことだ。
2010年10月17日
あんまりthinkしてない今日この頃
thinkpadしてない今日この頃
SSDが鈍足でそろそろプチフリも我慢ならなくなってきたかなーというタイミングでVAIOがやってきてしまったおかげ
VAIOはCPUも鈍いしHDDも1.8インチの東芝ディスク。なのにサスペンドレジュームのテンポの良さとか無線LANの復帰の早さとかとにかくレスポンスへの最適化が非常にいい。
その上の高解像度+色再現度もまあまあ?良いディスプレイがついてWANも入ったパソコンが尻に入るという驚異。think(というよりLenovo)してたら一生味わえない快適性能です。
1.8インチのSSDも余剰分があるので、今のHDDと置換すればどんだけ快適になるんだろうと今からワクドキの伸びしろも残しているVAIO P。エバーノートがレジューム時にこけるという問題はありますがまあ何とか強制終了で乗り切ります。
キーボードの品質はやはりthinkさんの独壇場ではありますが、iPadに比べたらVAIO Pさんも健闘しています。何よりクラウド(WAN)とキーボード/マウスとの相性が非常によろしいので、いまのところVAIO Pの出動率はiPhoneと同レベルをキープしています。クラウドとタブレットPCのクロスオーバーはまだ起こってない(起こらない?)ので今はthinkさんの体重に見合うメリットはなく、不遇の時代を送っております。
俊足とはいえないAtomZ530+Windows7ですが、iPadと違ってRAW現像が一応できるところがいいですね。とりあえずプレビューくらいはできる。手も足も出せなかったiPadに比べると天と地ですね。
それが尻にも入る。実際はショルダーに入れるけど、thinkさんは入れないサイズの鞄にさくっと入る。iPadと同じくらい身軽ですね。iPad3Gにお金を払い続けるくらいなら、VAIO PとbMobileとiPod touch 4Gをさくっとそろえるほうが幸せかもしれない。
それにしてもLenovoはひどくなってきた。ハードはまあいいとしても、ソフトウェアがひどい。無線の復帰、アップデートのやる気のなさ、もろもろのダイアログの設計、どれをとってもIBM時代の必要にして十分な線を乱しに乱している。thinkしなくなるのも当然というもんであります。
それにしてもソースコード消失が痛い。ソースコードがあればまだthinkする必然性も生まれようものが。
SSDが鈍足でそろそろプチフリも我慢ならなくなってきたかなーというタイミングでVAIOがやってきてしまったおかげ
VAIOはCPUも鈍いしHDDも1.8インチの東芝ディスク。なのにサスペンドレジュームのテンポの良さとか無線LANの復帰の早さとかとにかくレスポンスへの最適化が非常にいい。
その上の高解像度+色再現度もまあまあ?良いディスプレイがついてWANも入ったパソコンが尻に入るという驚異。think(というよりLenovo)してたら一生味わえない快適性能です。
1.8インチのSSDも余剰分があるので、今のHDDと置換すればどんだけ快適になるんだろうと今からワクドキの伸びしろも残しているVAIO P。エバーノートがレジューム時にこけるという問題はありますがまあ何とか強制終了で乗り切ります。
キーボードの品質はやはりthinkさんの独壇場ではありますが、iPadに比べたらVAIO Pさんも健闘しています。何よりクラウド(WAN)とキーボード/マウスとの相性が非常によろしいので、いまのところVAIO Pの出動率はiPhoneと同レベルをキープしています。クラウドとタブレットPCのクロスオーバーはまだ起こってない(起こらない?)ので今はthinkさんの体重に見合うメリットはなく、不遇の時代を送っております。
俊足とはいえないAtomZ530+Windows7ですが、iPadと違ってRAW現像が一応できるところがいいですね。とりあえずプレビューくらいはできる。手も足も出せなかったiPadに比べると天と地ですね。
それが尻にも入る。実際はショルダーに入れるけど、thinkさんは入れないサイズの鞄にさくっと入る。iPadと同じくらい身軽ですね。iPad3Gにお金を払い続けるくらいなら、VAIO PとbMobileとiPod touch 4Gをさくっとそろえるほうが幸せかもしれない。
それにしてもLenovoはひどくなってきた。ハードはまあいいとしても、ソフトウェアがひどい。無線の復帰、アップデートのやる気のなさ、もろもろのダイアログの設計、どれをとってもIBM時代の必要にして十分な線を乱しに乱している。thinkしなくなるのも当然というもんであります。
それにしてもソースコード消失が痛い。ソースコードがあればまだthinkする必然性も生まれようものが。
2010年10月14日
ガラパゴスの正体
変に進化しすぎたからガラパゴス?いや違う。
変に進化しすぎたモノを買う客がガラパゴスなのかもしれない。渋谷のギャルにしかり。萌えにしかり。
固定客やファンがいるのは普通のことかもしれない。自動引き落としやら2年縛りあたりから怪しくなってくる。そして異様なマーケティング戦略が客にさも必需品であるかのように錯覚させていかに買わせるか。このあたりが消費者の消費をガラパゴス化させていく。
携帯はそれが顕著だったから揶揄されただけであって、携帯だけの現象じゃない。パソコンだって春夏秋冬モデル用意する必要がどこにあったか?ウィンドウズXPは確かに販売期間が長すぎたことが問題だったかもしれないが、じゃあVistaの短命さは何だったのか?VistaとOffice2007に振り回された人たちはそうは言われないけど、ガラパゴスだったのかもしれない。長者の金の再分配とかそのへんまで含めた日本のおかしい状況がガラパゴスだったのかもしれない。そうじゃないといわれても反論できないけど。
僕にとってガラパゴス=悪 対 脱ガラパゴス=善という図式は頭にはないけれども、この異常なメーカーの圧力は悪だと感じる。
内圧(内需圧)を外に逃がすという観点で見れば、日本は内需から外需に移行していくことは脱ガラパゴスになるかもしれない。しかしこれまでに蓄積されたマーケッティングデータの一部は海外で使い物にならないことを、新幹線が各国に売れなかったり、ソニーブランドは高すぎるといった声が証明している。「パソコンが家に来て何がよかったか」「(バックライトで)家が明るくなった」という国もある。もう一度、二股電球を作り出したソニーに戻る決心をすることが脱ガラパゴスにつながるのかもしれない。
ただ、外需は見ていると中古市場がすでに強いのだ。秋葉原のジャンク屋にはフィリピンのおばさんが手下を連れてやってくる。おそらく海外でさばいて儲けるわけだけど、現地人としては日本のが安く買えるわけだしね。こういうのをメーカーがリサイクル製品を海外に輸出すればいいわけで。(もちろん、おばちゃんクオリティでやる必要はあるけれど。)
スーパーカブなんかほとんど盗品だけど世界シェアはものすごいことになってる。パイレーツにやらせないようにしてほしい。友達のカブが盗まれてかわいそうなことになっていた。
僕は内需のほうが興味深い。買った物をもてあましている人たちが大勢いる。
メーカーは同時に日本でも海外でも教室を開いたらどうだろう。そしたらその講師の募集に応募して有職者になれる。日本メーカーもしっかり世界の地元企業になれる。マクドナルドよろしく、ガラパゴスなんて呼ばれないはずだ。
変に進化しすぎたモノを買う客がガラパゴスなのかもしれない。渋谷のギャルにしかり。萌えにしかり。
固定客やファンがいるのは普通のことかもしれない。自動引き落としやら2年縛りあたりから怪しくなってくる。そして異様なマーケティング戦略が客にさも必需品であるかのように錯覚させていかに買わせるか。このあたりが消費者の消費をガラパゴス化させていく。
携帯はそれが顕著だったから揶揄されただけであって、携帯だけの現象じゃない。パソコンだって春夏秋冬モデル用意する必要がどこにあったか?ウィンドウズXPは確かに販売期間が長すぎたことが問題だったかもしれないが、じゃあVistaの短命さは何だったのか?VistaとOffice2007に振り回された人たちはそうは言われないけど、ガラパゴスだったのかもしれない。長者の金の再分配とかそのへんまで含めた日本のおかしい状況がガラパゴスだったのかもしれない。そうじゃないといわれても反論できないけど。
僕にとってガラパゴス=悪 対 脱ガラパゴス=善という図式は頭にはないけれども、この異常なメーカーの圧力は悪だと感じる。
内圧(内需圧)を外に逃がすという観点で見れば、日本は内需から外需に移行していくことは脱ガラパゴスになるかもしれない。しかしこれまでに蓄積されたマーケッティングデータの一部は海外で使い物にならないことを、新幹線が各国に売れなかったり、ソニーブランドは高すぎるといった声が証明している。「パソコンが家に来て何がよかったか」「(バックライトで)家が明るくなった」という国もある。もう一度、二股電球を作り出したソニーに戻る決心をすることが脱ガラパゴスにつながるのかもしれない。
ただ、外需は見ていると中古市場がすでに強いのだ。秋葉原のジャンク屋にはフィリピンのおばさんが手下を連れてやってくる。おそらく海外でさばいて儲けるわけだけど、現地人としては日本のが安く買えるわけだしね。こういうのをメーカーがリサイクル製品を海外に輸出すればいいわけで。(もちろん、おばちゃんクオリティでやる必要はあるけれど。)
スーパーカブなんかほとんど盗品だけど世界シェアはものすごいことになってる。パイレーツにやらせないようにしてほしい。友達のカブが盗まれてかわいそうなことになっていた。
僕は内需のほうが興味深い。買った物をもてあましている人たちが大勢いる。
メーカーは同時に日本でも海外でも教室を開いたらどうだろう。そしたらその講師の募集に応募して有職者になれる。日本メーカーもしっかり世界の地元企業になれる。マクドナルドよろしく、ガラパゴスなんて呼ばれないはずだ。
2010年10月13日
28mm f4.0
sigma dp1のレンズは、本体のトンガりっぷりに反して、バランスの良さを取ったレンズだと思う。
普通の人はレンズといえば焦点距離(ズーム倍率だったりする)と明るさくらい。そのあたりを整えたコンデジは山のようにある。シグマのdpのレンズはそれに加えてレンズの解像度と歪みの性能も落としていない。これはコンデジ型にしたことによるバックフォーカス長(レンズの後ろ端とセンサーまでの距離)の短さが効いているのだろう。dp1はとても広角とは思えない描写で、広角なのをいいことにトリミングしてしまえば全く歪みの気にならない写真ができあがる。(なのでもうちょっと解像度が高いとありがたい。)
シグマの一眼レフSDシリーズのマウントはキヤノンのEFマウントとほぼ同じということらしい。つまり、設計の古い、今から考えると遊びだらけの設計なんだろうなと思う。昔、CONTAXを持っている人に「一眼レフのほうがいいに決まってるでしょ」という趣旨のことを言ったら優しく「いやー、わからないよ?」と諭された記憶があるけれども、シグマのdpは一眼を超えてCONTAXに近づこうとしているのかもしれない。(と素人考えに思った。)でもそれを認めちゃうと、f4.0の「暗すぎるわけでもないけど明るくもない」レンズも認めざるを得ない。しょうがないかな、と言いつつ、一眼レフでf1.8付近のレンズを経験すると、どうしても「dp1では室内は無理!」となってしまう自分もいる。バウンスのできるフラッシュをつけたdp1も粋といえば粋だけど。
ミラーレス一眼が出て以来、旧来の一眼レフのメーカーは振るわないのだそう。きっと今頃夜を徹してマイクロEFマウントやマイクロFマウントを設計しているのかもしれない。けれども、接点やマウント機構のないコンパクトカメラのほうが携帯性だけでなく画像に関しても分があるのではなかろうか、と思う。マウントという売り方自体に、実はもう未来は残されていないのかもしれないと思うほど。
その点、リコーのGXRはいいところを突いてきたと思う。
APS-Cサイズのセンサーも使えるしズームも使える。その気になればフォビオンGXRだって出せる。あの特許があれば、他のメーカーはなかなか手を出せないはずだし、シグマはキヤノンの後追いをするだろうから、センサー交換式は出せない。SDではミラーレスはしばらく出せない。ただ、DPでいろんなことができるから、未来がある。キヤノンのレンズを買うよりも安く買える時代だから。
ソニーががんばってくれているおかげでdpのオークションの相場が下がりつつある感じですが、非常に残念なことに、dp1の直後にdp2を買っちゃうほどの身分ではないのです。誰かプレゼントしてくれませんか。
ほんとに、dp1のレンズがf2.8かf2.0だったらなあ……!それかFoveonが高ISOにも耐えるセンサーならば…。そして高解像度センサーならば……。まだまだdpには問題山積です。
先日の祝いの席の写真を見返すと、いっそうの深化を願ってやみません。
〜追記〜
ああ、でもこれって全部コンデジの話ですね。
普通の人はレンズといえば焦点距離(ズーム倍率だったりする)と明るさくらい。そのあたりを整えたコンデジは山のようにある。シグマのdpのレンズはそれに加えてレンズの解像度と歪みの性能も落としていない。これはコンデジ型にしたことによるバックフォーカス長(レンズの後ろ端とセンサーまでの距離)の短さが効いているのだろう。dp1はとても広角とは思えない描写で、広角なのをいいことにトリミングしてしまえば全く歪みの気にならない写真ができあがる。(なのでもうちょっと解像度が高いとありがたい。)
シグマの一眼レフSDシリーズのマウントはキヤノンのEFマウントとほぼ同じということらしい。つまり、設計の古い、今から考えると遊びだらけの設計なんだろうなと思う。昔、CONTAXを持っている人に「一眼レフのほうがいいに決まってるでしょ」という趣旨のことを言ったら優しく「いやー、わからないよ?」と諭された記憶があるけれども、シグマのdpは一眼を超えてCONTAXに近づこうとしているのかもしれない。(と素人考えに思った。)でもそれを認めちゃうと、f4.0の「暗すぎるわけでもないけど明るくもない」レンズも認めざるを得ない。しょうがないかな、と言いつつ、一眼レフでf1.8付近のレンズを経験すると、どうしても「dp1では室内は無理!」となってしまう自分もいる。バウンスのできるフラッシュをつけたdp1も粋といえば粋だけど。
ミラーレス一眼が出て以来、旧来の一眼レフのメーカーは振るわないのだそう。きっと今頃夜を徹してマイクロEFマウントやマイクロFマウントを設計しているのかもしれない。けれども、接点やマウント機構のないコンパクトカメラのほうが携帯性だけでなく画像に関しても分があるのではなかろうか、と思う。マウントという売り方自体に、実はもう未来は残されていないのかもしれないと思うほど。
その点、リコーのGXRはいいところを突いてきたと思う。
APS-Cサイズのセンサーも使えるしズームも使える。その気になればフォビオンGXRだって出せる。あの特許があれば、他のメーカーはなかなか手を出せないはずだし、シグマはキヤノンの後追いをするだろうから、センサー交換式は出せない。SDではミラーレスはしばらく出せない。ただ、DPでいろんなことができるから、未来がある。キヤノンのレンズを買うよりも安く買える時代だから。
ソニーががんばってくれているおかげでdpのオークションの相場が下がりつつある感じですが、非常に残念なことに、dp1の直後にdp2を買っちゃうほどの身分ではないのです。誰かプレゼントしてくれませんか。
ほんとに、dp1のレンズがf2.8かf2.0だったらなあ……!それかFoveonが高ISOにも耐えるセンサーならば…。そして高解像度センサーならば……。まだまだdpには問題山積です。
先日の祝いの席の写真を見返すと、いっそうの深化を願ってやみません。
〜追記〜
ああ、でもこれって全部コンデジの話ですね。
2010年10月12日
パソコンでなければできないこと
「携帯があればいいじゃないの。ネットだってメールだってできるから寂しくないし。みんな使ってるし。壊れたらカメラのデータとか悲しすぎる。」厳密には違うかもしれないけど、いったん携帯を使い始めてしまえば、そういう理由で使ってる、使い続ける人は多いはず。
はやりのスマートフォンはインターネットと仲がいいので、データもアプリもインターネットから持ってくることが多い。それは便利だ。
でも便利が最上のことじゃないってことをパソコンは教えてくれた。
たとえば、モノを所有するということ(これはちょっと矛盾するけど)。パソコン変われど、それまでのパソコンで作ってきた文章や写真を所有すること。前のパソコンで使ってきたマウスを新しいパソコンに使うこと。モノを所有することは何かを残すために所有し、そして寿命を迎えたときにはそれを葬ること。これは携帯にはなくて、今でも昔の携帯を捨てられないのは、機械と作られたモノとを切り離して新しくする方法がないからだ。
次に、伝えることの難しさを教えてくれた。パソコンはそれ自体が複雑怪奇のものだから、それを理解するためには言葉に付随する印象や感情を抜きにして意味をくみ取ることが必要。これは同時に人から「たのしいことば」を奪ったかもしれない。それは作った人の責任であり、今後の課題だ。携帯は「たのしいことば」をつたえられるかもしれない。でも自分にあてはまる言葉を予測変換から探して見つけて作った文は、ほんとうに相手に届いているだろうか。言葉のすれ違いは時に重大な、深刻な、悲しい出来事につながるから、僕には自信をもてない。これはパソコンにも携帯にも言える問題だ。パソコンで意味のこもっていない文をつくることも簡単だからだ。
最後はモノを愛する(勘違いしないでね!)こと。誰かしら何かしらあるはず。ゲームのキャラクターのデータが消えたら、「今までの時間は何だったんだ!と怒るかもしれない。買ってすぐのパソコンが壊れたら「10万円もしたんだぞ!」と怒るかもしれない。携帯も圏外になっただけで「何で圏外なんだよ!」と最初の頃は思っていたかもしれない。それは自然なこと。大事なことはその次「なんでそうなるの?どうして?」「あ、そういう理由だったんだ。」「ならこれもこういう理由かもしれない」「ほかのことはどういう理由なんだろう」という探求の違い。この手順は他人がいないと追うことができないけれど、パソコンはその他のモノに比べてはるかに探求しがいがある。もしかしたら、その探求の結果得た知識は、仕事や将来にまでつながるかもしれない。このプロセスは人を愛することと似ているから、「モノを愛する」っていうタイトルにしてみた。
書くことは書いた。あとは読み手(あなたです)の想像にまかせます。作られたモノを使うことしかできない人にとって「無料」ほど好いモノはない。「無料」はなくなってほしくない。だけど、どこかの時点でモノを作る人になったとして、モノを無料にするというのは自分の人生の価値を0円にさせられるのと同じ。お金の払い方がわからないなら、人に聞いてみよう。
パソコンを使いこなすまでにはいろんな課題があるけれど、パソコンを使いこなしている自分を想像してみると、上に書いたようなことがいつもあって、それを有償無償で支える人たちがいて、有償のモノがあった。お金とパソコンは切り離せないけど、自分の言葉で4000字のレポートを打てるのはパソコンだからだし、予測変換で書いたレポートとかコピペしたレポートはすぐわかるし、読みたくもない。
もしパソコン=必須という図式がなくなってしまっていたら、僕はとても悲しい。きれいな日本語も写真もインターネットから消えていって、意味の伝わらない絵文字やコピペやへんてこりんな文ばかりが画面を覆っていくだろうから。
はやりのスマートフォンはインターネットと仲がいいので、データもアプリもインターネットから持ってくることが多い。それは便利だ。
でも便利が最上のことじゃないってことをパソコンは教えてくれた。
たとえば、モノを所有するということ(これはちょっと矛盾するけど)。パソコン変われど、それまでのパソコンで作ってきた文章や写真を所有すること。前のパソコンで使ってきたマウスを新しいパソコンに使うこと。モノを所有することは何かを残すために所有し、そして寿命を迎えたときにはそれを葬ること。これは携帯にはなくて、今でも昔の携帯を捨てられないのは、機械と作られたモノとを切り離して新しくする方法がないからだ。
次に、伝えることの難しさを教えてくれた。パソコンはそれ自体が複雑怪奇のものだから、それを理解するためには言葉に付随する印象や感情を抜きにして意味をくみ取ることが必要。これは同時に人から「たのしいことば」を奪ったかもしれない。それは作った人の責任であり、今後の課題だ。携帯は「たのしいことば」をつたえられるかもしれない。でも自分にあてはまる言葉を予測変換から探して見つけて作った文は、ほんとうに相手に届いているだろうか。言葉のすれ違いは時に重大な、深刻な、悲しい出来事につながるから、僕には自信をもてない。これはパソコンにも携帯にも言える問題だ。パソコンで意味のこもっていない文をつくることも簡単だからだ。
最後はモノを愛する(勘違いしないでね!)こと。誰かしら何かしらあるはず。ゲームのキャラクターのデータが消えたら、「今までの時間は何だったんだ!と怒るかもしれない。買ってすぐのパソコンが壊れたら「10万円もしたんだぞ!」と怒るかもしれない。携帯も圏外になっただけで「何で圏外なんだよ!」と最初の頃は思っていたかもしれない。それは自然なこと。大事なことはその次「なんでそうなるの?どうして?」「あ、そういう理由だったんだ。」「ならこれもこういう理由かもしれない」「ほかのことはどういう理由なんだろう」という探求の違い。この手順は他人がいないと追うことができないけれど、パソコンはその他のモノに比べてはるかに探求しがいがある。もしかしたら、その探求の結果得た知識は、仕事や将来にまでつながるかもしれない。このプロセスは人を愛することと似ているから、「モノを愛する」っていうタイトルにしてみた。
書くことは書いた。あとは読み手(あなたです)の想像にまかせます。作られたモノを使うことしかできない人にとって「無料」ほど好いモノはない。「無料」はなくなってほしくない。だけど、どこかの時点でモノを作る人になったとして、モノを無料にするというのは自分の人生の価値を0円にさせられるのと同じ。お金の払い方がわからないなら、人に聞いてみよう。
パソコンを使いこなすまでにはいろんな課題があるけれど、パソコンを使いこなしている自分を想像してみると、上に書いたようなことがいつもあって、それを有償無償で支える人たちがいて、有償のモノがあった。お金とパソコンは切り離せないけど、自分の言葉で4000字のレポートを打てるのはパソコンだからだし、予測変換で書いたレポートとかコピペしたレポートはすぐわかるし、読みたくもない。
もしパソコン=必須という図式がなくなってしまっていたら、僕はとても悲しい。きれいな日本語も写真もインターネットから消えていって、意味の伝わらない絵文字やコピペやへんてこりんな文ばかりが画面を覆っていくだろうから。
2010年9月14日
【雑感】さいきん思ったこと
コンビニの商品。商品数が減っている?
ところで飲料水のバリエーションも少ない。サイダー、水、果汁入り砂糖水とコーヒー紅茶お茶類。
乳酸菌飲料が飲みたいとなると、ピルクルしか選択肢がなくなる今日この頃。
一時期はやったアミノ酸飲料もすっかりなくなったなー。
YAMAYAなどの平行輸入版の炭酸水は炭酸が抜けている?
自作した炭酸飲料と同レベルの炭酸量。
ゲロルシュタイナーの500mlペットとか飲んでみると強炭酸でいいのだが安売りで98円。高い。
ジョギングのときのドリンク作り。1リットルの水に塩ひとさじ、にいろいろアレンジする。
プロテインを入れるときは砂糖でバランスをとる。
紅茶とかカフェインが少し入っているとよりいいらしい。
肝心の走りのほうは、4〜5キロはちゃんと走り続けられるようになったけど、9分/km。だいぶ遅い。
まだまだこれから。
水泳が速く泳げるようになっておもしろい。でも自己満足だなー。せめてタイムくらい計れたらいいのに。
今の速度の指標は、水底のタイルが流れる速度。
いろんな人の泳ぎを見ているのが楽しい。速い人はとくに参考になる。
ほとんどの「普通」な人は、力の入りすぎでぎこちない。速い人は動きに停滞がない。
海外(アジア系)の皆さんはゴーグルしないで泳いでいる人がいる。なのに頭出し平泳ぎでなくて、頭出しクロール(!)をする。見ている方が首が痛くなりそう。
おじいさんが古式泳法をしていたのはおもしろかったけど、50m完泳コースでそれをやるのは迷惑。公共のものにマナーは大事。
昨日ものもらいをもらったらしく、目が痛い。
ちなみに、フィットネスの効率を考えると、2時間泳ぐより2時間走った方がいいようだ。
子どもが脱衣所の脱水機で遊んでいる。20秒程度ボタンを押してください、という指示が書いてあるのだが、「30秒が最高」とか「ちょうかわかわ」(とても乾いているの意)とか云っている。そして群がる。順番を無視する。「親はどうした」と宣うのではなく、誰でもいいので大人がそこにいる、というのが大事。
ところでそのプール、男子更衣室の作りがまったくもっておかしい。先の脱水機は、更衣室出口のドアを開けると丸見え。ロッカーも丸見え。ところどころついている窓からは男子トイレやロッカーが一望できる。減る物じゃないし別にいいけど、別に見たくもあるまい。
東芝がDynabook AZというのを作った。
お得意の○○周年記念モデルというやつで、snapdragonのノートPCスタイルのAndroidマシーン。要するとクラムシェル型iPad。
ちゃんとAndroidに触ったのは初めてで、おもしろかった。でも3GWANやWimaxには対応していないらしく、なんじゃそりゃ、という迷品。
記念モデルといえばW100も見てきた。こちらは要すると折りたたみ型iPad…?いろいろ気は遣っているがやはりWindowsからキーボードは取ってはいけない、という訓戒を改めて思い起こさせるモノ。
東芝の記念モデルは、おもしろそうだが、買うのは待った方がいい。
最近、高齢者相手のパソコン小話をやった。Dropboxとクラウドの話。
あとで職員さんに聞いてみた。ドロップボックス=お菓子の箱と思ったようだ。
同じサービスを違う名前で展開する必要もあるかもしれない、と思った。
フィットネスをする目的は、最初は筋肉をつけて基礎代謝を上げて体重を減らしていく目論見だったけれども、
筋肉をつけてもつかってやらないと代謝が上がらないことがわかって有酸素運動を積極的に入れていくよう方向修正。
おかげで徐々に効果はでている。
お稽古という言葉があるけれど、あの「お」は美輪さんが「おシャンソン」と呼んだのと同じ「お」か、と思うような実践もあるんだなー、と思った。
連絡をとりたくない人ができた。
いままで連絡を取らなかったのは複数の色々な理由があるが、連絡を取りたくないというのは非常に非常に希だった。
今は確実に、連絡を取りたくない人がいる。そうやって距離を置くことが今の自分にとって大事だと思った。
アキレスと亀の話がある。時間を考慮に入れるとアキレスは亀を簡単に追い越すことができる。
時間を考慮に入れないと、アキレスは亀を永遠に追い越すことができないのだ。
思索をする時間、あーだこーだいう時間、ごちゃごちゃいう時間、社会通念的な時間、これを配慮できている人とできていない人との会話は成り立たない。
ホーキンス博士は、宇宙の始まりに神はいらない、という趣旨の発言をして、各宗教の代表者がそれぞれコメントを出した、という記事が出た。宗教者の云っていることも尤もだ。大事なことは、ホーキンス博士は有名だがあまりに単眼的でトレランスがない、ということだ。
こういった対立に、反論は認められない。詭弁術も矮小化も話題のすり替えも認められない。これをどうにかして受け入れたいのか、否定したいのか。それ以外の選択肢はないのだ。
まあとにかく時間というファクター。情報化によって時間や空間の隔たりはある程度自由になったはずなのに、それを拒む苦手意識というのが、今のもっぱらの研究テーマなんだが、いざ目のあたりにすると、はてどう改善したものか。
民度の低さというと程度の悪さのように聞こえるが、実際は価値観の相違だ。「金がかかるから改善する」という変化の動機はあまり好きじゃない。長電話で金がかかるからICT化、というんではなしに、短い電話で意味をきちんと伝えられるようになりたい、という動機のほうが好きだし、そうありたい。とかく、思いつきで長さだけのコミュニケートするのは僕は好きじゃない。
ところで飲料水のバリエーションも少ない。サイダー、水、果汁入り砂糖水とコーヒー紅茶お茶類。
乳酸菌飲料が飲みたいとなると、ピルクルしか選択肢がなくなる今日この頃。
一時期はやったアミノ酸飲料もすっかりなくなったなー。
YAMAYAなどの平行輸入版の炭酸水は炭酸が抜けている?
自作した炭酸飲料と同レベルの炭酸量。
ゲロルシュタイナーの500mlペットとか飲んでみると強炭酸でいいのだが安売りで98円。高い。
ジョギングのときのドリンク作り。1リットルの水に塩ひとさじ、にいろいろアレンジする。
プロテインを入れるときは砂糖でバランスをとる。
紅茶とかカフェインが少し入っているとよりいいらしい。
肝心の走りのほうは、4〜5キロはちゃんと走り続けられるようになったけど、9分/km。だいぶ遅い。
まだまだこれから。
水泳が速く泳げるようになっておもしろい。でも自己満足だなー。せめてタイムくらい計れたらいいのに。
今の速度の指標は、水底のタイルが流れる速度。
いろんな人の泳ぎを見ているのが楽しい。速い人はとくに参考になる。
ほとんどの「普通」な人は、力の入りすぎでぎこちない。速い人は動きに停滞がない。
海外(アジア系)の皆さんはゴーグルしないで泳いでいる人がいる。なのに頭出し平泳ぎでなくて、頭出しクロール(!)をする。見ている方が首が痛くなりそう。
おじいさんが古式泳法をしていたのはおもしろかったけど、50m完泳コースでそれをやるのは迷惑。公共のものにマナーは大事。
昨日ものもらいをもらったらしく、目が痛い。
ちなみに、フィットネスの効率を考えると、2時間泳ぐより2時間走った方がいいようだ。
子どもが脱衣所の脱水機で遊んでいる。20秒程度ボタンを押してください、という指示が書いてあるのだが、「30秒が最高」とか「ちょうかわかわ」(とても乾いているの意)とか云っている。そして群がる。順番を無視する。「親はどうした」と宣うのではなく、誰でもいいので大人がそこにいる、というのが大事。
ところでそのプール、男子更衣室の作りがまったくもっておかしい。先の脱水機は、更衣室出口のドアを開けると丸見え。ロッカーも丸見え。ところどころついている窓からは男子トイレやロッカーが一望できる。減る物じゃないし別にいいけど、別に見たくもあるまい。
東芝がDynabook AZというのを作った。
お得意の○○周年記念モデルというやつで、snapdragonのノートPCスタイルのAndroidマシーン。要するとクラムシェル型iPad。
ちゃんとAndroidに触ったのは初めてで、おもしろかった。でも3GWANやWimaxには対応していないらしく、なんじゃそりゃ、という迷品。
記念モデルといえばW100も見てきた。こちらは要すると折りたたみ型iPad…?いろいろ気は遣っているがやはりWindowsからキーボードは取ってはいけない、という訓戒を改めて思い起こさせるモノ。
東芝の記念モデルは、おもしろそうだが、買うのは待った方がいい。
最近、高齢者相手のパソコン小話をやった。Dropboxとクラウドの話。
あとで職員さんに聞いてみた。ドロップボックス=お菓子の箱と思ったようだ。
同じサービスを違う名前で展開する必要もあるかもしれない、と思った。
フィットネスをする目的は、最初は筋肉をつけて基礎代謝を上げて体重を減らしていく目論見だったけれども、
筋肉をつけてもつかってやらないと代謝が上がらないことがわかって有酸素運動を積極的に入れていくよう方向修正。
おかげで徐々に効果はでている。
お稽古という言葉があるけれど、あの「お」は美輪さんが「おシャンソン」と呼んだのと同じ「お」か、と思うような実践もあるんだなー、と思った。
連絡をとりたくない人ができた。
いままで連絡を取らなかったのは複数の色々な理由があるが、連絡を取りたくないというのは非常に非常に希だった。
今は確実に、連絡を取りたくない人がいる。そうやって距離を置くことが今の自分にとって大事だと思った。
アキレスと亀の話がある。時間を考慮に入れるとアキレスは亀を簡単に追い越すことができる。
時間を考慮に入れないと、アキレスは亀を永遠に追い越すことができないのだ。
思索をする時間、あーだこーだいう時間、ごちゃごちゃいう時間、社会通念的な時間、これを配慮できている人とできていない人との会話は成り立たない。
ホーキンス博士は、宇宙の始まりに神はいらない、という趣旨の発言をして、各宗教の代表者がそれぞれコメントを出した、という記事が出た。宗教者の云っていることも尤もだ。大事なことは、ホーキンス博士は有名だがあまりに単眼的でトレランスがない、ということだ。
こういった対立に、反論は認められない。詭弁術も矮小化も話題のすり替えも認められない。これをどうにかして受け入れたいのか、否定したいのか。それ以外の選択肢はないのだ。
まあとにかく時間というファクター。情報化によって時間や空間の隔たりはある程度自由になったはずなのに、それを拒む苦手意識というのが、今のもっぱらの研究テーマなんだが、いざ目のあたりにすると、はてどう改善したものか。
民度の低さというと程度の悪さのように聞こえるが、実際は価値観の相違だ。「金がかかるから改善する」という変化の動機はあまり好きじゃない。長電話で金がかかるからICT化、というんではなしに、短い電話で意味をきちんと伝えられるようになりたい、という動機のほうが好きだし、そうありたい。とかく、思いつきで長さだけのコミュニケートするのは僕は好きじゃない。
2010年8月3日
情報について、老健の視点
ビートたけしさんは、求めるものではない、放っておいても耳に入ってくるものは本物だが、あとの8割はいらない情報。それを今の人は求めるんだから変だ、と仰る。宮崎駿さんは、必要な情報というのはインターネットを含むネットワークにはなくて、足で赴き、感情移入して集めるものなんだ、と仰る。
共通するのは、インターネットにはアクセスする価値のある情報はないということ、情報取得とは人間関係にあること。両者で相違するのは、その取得方法。
主観のフィルターを通るうちに情報が取捨選択されていくプロセスというのは大事な視点のような気がする。インターネットは情報を保存する(取)ことばかり重視されるが、情報を消去する(捨)ことはなかなかしない。ゆえに、情報取得を進めると無駄な情報をため込むことになる、ということ。
対面では多くの情報が様々な理由で切り捨てられる。同様のプロセスを作られた情報に応用する、つまり、その情報と対話し、感情移入して、無駄と思うものをそぎ捨てたものが大事ということ。ふむ。
情報のフィルターが大事ということ。サイトのフィルタリングが携帯についているが、意外と有用なのかもしれない。わからなかった。
共通するのは、インターネットにはアクセスする価値のある情報はないということ、情報取得とは人間関係にあること。両者で相違するのは、その取得方法。
主観のフィルターを通るうちに情報が取捨選択されていくプロセスというのは大事な視点のような気がする。インターネットは情報を保存する(取)ことばかり重視されるが、情報を消去する(捨)ことはなかなかしない。ゆえに、情報取得を進めると無駄な情報をため込むことになる、ということ。
対面では多くの情報が様々な理由で切り捨てられる。同様のプロセスを作られた情報に応用する、つまり、その情報と対話し、感情移入して、無駄と思うものをそぎ捨てたものが大事ということ。ふむ。
情報のフィルターが大事ということ。サイトのフィルタリングが携帯についているが、意外と有用なのかもしれない。わからなかった。
2010年7月27日
久しぶりの秋葉原
iPedやePadやioPadなどいろいろ見てきました。
AppleがiPadやiPhone4の工作精度を自慢しているのを横目に、そんなのには一切目もくれないパチモンなんですが、道行く人たちが「あれおもしろそう」と見ているのが興味深かった。
ソニーのXperiaを見てiPhoneだという人たちを見たときと似ている感覚でした。
iPadやiPhone4をあれだけ成功させたのはかなり強引なマーケティング広告のたまもので、それのおかげで老若男女がアイパッドやアイフオーンという名前だけは知っている存在になりました。ただ、ちょっと押しが足りなかったようで、XperiaやiPed(同列に扱って申し訳ないけれど)に誘導されたり、買ったは良いけどアプリが出そろう前に飽きられてしまったり。
電気街、ジャンク街も結構廃れていました。ビッグベア、ORAORA等が閉店。ヤマギワリビナ館も8月末で撤退。その他雑居ビルや古い店舗に入っていた店も、なくなっている。後には何も入らない。平たくいえば、リアル店舗が減っている。
某有名アニメ映画監督が物事の表層だけを切り取って偽りの万能感を与えさせるiナントカには嫌悪感すら感じるという趣旨のことを仰っていましたが、自分が電気街という場所に参加して得られた意味の体系も、iナントカでは、まるで浅かったかのように語られてしまう。歴史や過去に意味を見いだせない人たちが、増えている。
(まあ、それは自分自身のことなんだが)
今日は秋葉原事件の容疑者が法廷で犯行に至った動機を述べた日でもありました。
ネットの掲示板ではやされたことが原因の一端にあったとのこと。そう考えるとiナントカで物事を軽々しく宣伝したり、掲示板で意味がないと囃したり、コメント欄で悪口雑言を平気で言いのけたり。言葉だけで一方的に何かをしてしっぱなし、というあり方ではいけない、ということになる。
秋葉原で一番の品揃えを誇っていた、今はなき元LAOX本店の暗い室内が、そんな無感情な秋葉原(だけでなく、今の人たち)に警鐘を鳴らしているようでした。
AppleがiPadやiPhone4の工作精度を自慢しているのを横目に、そんなのには一切目もくれないパチモンなんですが、道行く人たちが「あれおもしろそう」と見ているのが興味深かった。
ソニーのXperiaを見てiPhoneだという人たちを見たときと似ている感覚でした。
iPadやiPhone4をあれだけ成功させたのはかなり強引なマーケティング広告のたまもので、それのおかげで老若男女がアイパッドやアイフオーンという名前だけは知っている存在になりました。ただ、ちょっと押しが足りなかったようで、XperiaやiPed(同列に扱って申し訳ないけれど)に誘導されたり、買ったは良いけどアプリが出そろう前に飽きられてしまったり。
電気街、ジャンク街も結構廃れていました。ビッグベア、ORAORA等が閉店。ヤマギワリビナ館も8月末で撤退。その他雑居ビルや古い店舗に入っていた店も、なくなっている。後には何も入らない。平たくいえば、リアル店舗が減っている。
某有名アニメ映画監督が物事の表層だけを切り取って偽りの万能感を与えさせるiナントカには嫌悪感すら感じるという趣旨のことを仰っていましたが、自分が電気街という場所に参加して得られた意味の体系も、iナントカでは、まるで浅かったかのように語られてしまう。歴史や過去に意味を見いだせない人たちが、増えている。
(まあ、それは自分自身のことなんだが)
今日は秋葉原事件の容疑者が法廷で犯行に至った動機を述べた日でもありました。
ネットの掲示板ではやされたことが原因の一端にあったとのこと。そう考えるとiナントカで物事を軽々しく宣伝したり、掲示板で意味がないと囃したり、コメント欄で悪口雑言を平気で言いのけたり。言葉だけで一方的に何かをしてしっぱなし、というあり方ではいけない、ということになる。
秋葉原で一番の品揃えを誇っていた、今はなき元LAOX本店の暗い室内が、そんな無感情な秋葉原(だけでなく、今の人たち)に警鐘を鳴らしているようでした。
2010年6月19日
iPad雑感~追記
・iPad 3Gはどうなの?
便利につかってます。きっと「でかいiPod touch」「使い道がない」と言っている人は3G契約してないと思われます。wifi版買っちゃってネガキャンしたいしたい病かと。
大きな地図は見やすいし、メール・ツイッター・evernoteなどどこでもいつでもできるので手放せません。
ノートパソコンは相変わらず併用しているのでかばん全体の重さは増えたけど、軽い用事のためにノートPCを持ち出さなくてすむ様になったので、1日のうち半分は軽いかばんで動いています。
なにげに昔手に入れた折りたたみ式bluetooth keyboardが役に立って嬉しい。
あと、電子書籍。iBooksは開店休業状態なので評価できませんが、i文庫HDというアプリで似た様な体験ができます。フォントが読みづらいのが微妙ですが、iBooksや出版社のアプリではその辺改善されるはずです。それと、iAnnotate PDFというソフトで300ページくらいある博論を読んでます。PDFには書き込みできます。じっくり読める端末です。
電池のもちは異常です。下手したら3~4日くらいは無充電でいけるんじゃないでしょうか。
・iPadはどんな機械か(追記)
iPhoneが片手入力片手支持のデバイスとして、iPadは両手入力片手支持のデバイス。電話機よりはWiMax内蔵PC・ネットブックに近いですが、立ってても使えるデザインというのが強いところです。
目から機械までの距離は、マップ表示で~1mちょっとまで対応でき、iPhoneやネットブックの~50cm前後に比べてだいぶ広がっています。また画面の細かさはiPadのほうが粗く(132ppi/163ppi)、iPadのほうがiPhoneよりもすこし機械を遠くに保持しないと画面がきれいに見えません。これも、iPhoneが目前で使う機械、iPadが少し引いて見る機械という役割を表しているような気がします。
重量は700gと、「片手で支持できる限界の重さ」の1500gを大きく下回ります。ただ、表面加工があまりにデザイン優先のため、つるつるして落っことしやすいのはよくない点です。ケースなどは必須になりますが、その重さも加算されることを考えて、実際の重量は800g前後になると思われます。これをiPhoneよりも遠い位置に保持するため、iPhoneと比較すると圧倒的に重く感じるはずです。もちろん、最大のライバルである本と比べても重いです。
・iPadにしかできないこと(追記)
○インターネットカーナビ
マップで場所までのルートを検索し、GPSでその道をトレースし、目的地までナビする。マップの「場所」リンクに対応したアプリ(食べログ)などのアプリケーションを作成することで、目的に応じたアプリが共存可能。食べログは食う情報なので、寝る・遊ぶアプリは意外と穴場かもしれません。
○インターネット(Safari・メール・ツイッター・ブログ投稿など)
これらの機能は、エンターテインメントを求めない限り、パソコンや携帯から完全移行できます。携帯よりは長文のメールに返信することができ、フルブラウザでの閲覧ができます。Wimaxパソコンは立って使えませんが、iPadなら移動中でも使えます。マルチタスクが使えるようになれば、バックグラウンドでのツイッターや新しいコミュニケーションツールでの対話もしやすくなるので、秋口以降にはよりよく使えます。
○二人以上の操作者がいるゲームやコミュニケーションツール
画面が大きく、タッチ点も多いiPadならではの機能です。おもしろさはアプリケーション次第ですが、こないだ食事の待ち時間のときにやったDRAWというお絵かきアプリのミニゲームで、英単語がお題として出されて、それの絵を描く、というゲームは二人でやると最高におもしろいです。時間もうまくつぶせました。携帯ではできない、パソコンでもできない、iPadならではの使い方です。
…ただ、「新しいカテゴリ」と言われているわりには、オンリーワンの機能がちょっと少ない印象はぬぐえません。iPad発売から1ヶ月弱、iPadアプリの盛り上がりが停滞気味になっているのは危険な兆候かもしれません。もうすこし開発者に優しくてもよいのでは。
・ここがよければもっといい(追記)
アプリ開発のハードルが下がっていないのは、ipadの問題というよりAppleの問題ですが、もっとカジュアルアプリが作れる環境がほしいです。これが一番強い要望です。
金属表面が梨地のせいでつるんつるんですから、摩擦係数の髙いカバーをつけると手に吸い付いて安心です。ただ、Macbookのデザインを取り入れて、ねじ固定できるラバーボトムにしてもよかったのでは(軽いし)、と思います。
iPhoneOS3.2は完成途上バージョンという雰囲気。OSのアップデートはiOS4になる前に何度かやってほしい。たとえばキー入力の仕上がり(英語キーボードと日本語キーボードの切り替え時にキーを押すと変換がおかしいことになるとか、日本語キー自体の入力効率の悪さとか、カーソルキーがないとか、気になる。外付けキーをつなげばだいぶよくなる。)
あと、MagicMouseが使えたらいいと思います。やはりキーボードが接続できる、Dockで立てられるとなると、脇にあるPC用のマウスに手が伸びてしまうのが人情かと。
Safariは微妙です。Flash未対応はどうでもいいんですが、検索窓が小さいこととか、レンダリング時のページ幅が変えられない(デフォルトでは小さすぎて、30センチくらいの距離で見ないとよく見えない)。重さのせいで、持ち方を固定させすぎている感じがあります。これだけ小さい表示だと、500gでも重いかもしれない。きっと来年度出るかもしれないiPad4ではプラスチックを多用して軽くしてくるはずです。
・懸念
iPadは異端児のような気がします。iPadの「世代」を象徴するセンサーやインタフェースは3GSからカメラを取ったもの+XGA画面と特殊。4に相当する両面カメラ・512MBRAMの後継機が出るのか?都心ユーザーにとってはiPhoneのほうが使いやすいはず。そんな位置づけのiPadにアプリ開発者がどれだけつくか?などなど。iPhone4の登場でiPadが微妙扱いを受けるのは必至のような気がして、心配です。
・純正グッズの出荷は7月中旬以降
カメラコネクタ、ケースなどは品切れ。ケースはいいとしてカメラコネクタが手に入らないのが痛い。
ちなみにカメラコネクタにはUSB端子付きとSD端子付きがあり、USBコネクタにはいろいろささるらしい。
・純正Dock・純正USBケーブルは微妙。
Dockだけあったので買ってみたけど、テーブルに置くと角度が立ちすぎて首が痛い。
iPad売り場にあるアクリル樹脂にシリコンゴムで滑り止めした、15度くらいに固定してくれるのを純正グッズで売り出してくれると有り難い。(でも、売り場のiPadの充電ケーブルがのきなみ抜けていたのは気になるところ…iPhoneでもあのケーブルが接触不良になることが多いので、買うときはサードパーティーの頑丈ケーブルにしたほうがよさそう。
ちなみにiPadは並のUSB端子(500mA)では充電すらできません。車載アダプタも「充電中ではありません」とか表示します。MacのUSB端子はiPhone/iPadを接続すると1A程度まで供給するようなので、Macなら大丈夫です。WindowsユーザーはACアダプタ(10W、5V2A)で充電する必要がありそうです。
・意外だったこと…iPhoneは電話機としては微妙。
iPhoneはパケットを封じられて、ほぼ単なる電話機になりましたが、電話エクスペリエンスが意外と低かった。そもそもソフトバンクで電波が弱い上に、留守番電話サービスへの転送までの時間を変えられない(3~4コール)、留守番電話サービスには着信電話番号が記録されない、着信あり(留守電あり)のショートメッセージをタップするといきなり相手にかけ始める(留守電サービスに転送すべき)、本体内の留守番電話がない、などなど、電話受けが多いとイラッと来ることばかりです。
ちなみに使っているiPhone OSはiOS4GM。この状況が次世代iPhone4でも続くと思うと、がっかりです。
便利につかってます。きっと「でかいiPod touch」「使い道がない」と言っている人は3G契約してないと思われます。wifi版買っちゃってネガキャンしたいしたい病かと。
大きな地図は見やすいし、メール・ツイッター・evernoteなどどこでもいつでもできるので手放せません。
ノートパソコンは相変わらず併用しているのでかばん全体の重さは増えたけど、軽い用事のためにノートPCを持ち出さなくてすむ様になったので、1日のうち半分は軽いかばんで動いています。
なにげに昔手に入れた折りたたみ式bluetooth keyboardが役に立って嬉しい。
あと、電子書籍。iBooksは開店休業状態なので評価できませんが、i文庫HDというアプリで似た様な体験ができます。フォントが読みづらいのが微妙ですが、iBooksや出版社のアプリではその辺改善されるはずです。それと、iAnnotate PDFというソフトで300ページくらいある博論を読んでます。PDFには書き込みできます。じっくり読める端末です。
電池のもちは異常です。下手したら3~4日くらいは無充電でいけるんじゃないでしょうか。
・iPadはどんな機械か(追記)
iPhoneが片手入力片手支持のデバイスとして、iPadは両手入力片手支持のデバイス。電話機よりはWiMax内蔵PC・ネットブックに近いですが、立ってても使えるデザインというのが強いところです。
目から機械までの距離は、マップ表示で~1mちょっとまで対応でき、iPhoneやネットブックの~50cm前後に比べてだいぶ広がっています。また画面の細かさはiPadのほうが粗く(132ppi/163ppi)、iPadのほうがiPhoneよりもすこし機械を遠くに保持しないと画面がきれいに見えません。これも、iPhoneが目前で使う機械、iPadが少し引いて見る機械という役割を表しているような気がします。
重量は700gと、「片手で支持できる限界の重さ」の1500gを大きく下回ります。ただ、表面加工があまりにデザイン優先のため、つるつるして落っことしやすいのはよくない点です。ケースなどは必須になりますが、その重さも加算されることを考えて、実際の重量は800g前後になると思われます。これをiPhoneよりも遠い位置に保持するため、iPhoneと比較すると圧倒的に重く感じるはずです。もちろん、最大のライバルである本と比べても重いです。
・iPadにしかできないこと(追記)
○インターネットカーナビ
マップで場所までのルートを検索し、GPSでその道をトレースし、目的地までナビする。マップの「場所」リンクに対応したアプリ(食べログ)などのアプリケーションを作成することで、目的に応じたアプリが共存可能。食べログは食う情報なので、寝る・遊ぶアプリは意外と穴場かもしれません。
○インターネット(Safari・メール・ツイッター・ブログ投稿など)
これらの機能は、エンターテインメントを求めない限り、パソコンや携帯から完全移行できます。携帯よりは長文のメールに返信することができ、フルブラウザでの閲覧ができます。Wimaxパソコンは立って使えませんが、iPadなら移動中でも使えます。マルチタスクが使えるようになれば、バックグラウンドでのツイッターや新しいコミュニケーションツールでの対話もしやすくなるので、秋口以降にはよりよく使えます。
○二人以上の操作者がいるゲームやコミュニケーションツール
画面が大きく、タッチ点も多いiPadならではの機能です。おもしろさはアプリケーション次第ですが、こないだ食事の待ち時間のときにやったDRAWというお絵かきアプリのミニゲームで、英単語がお題として出されて、それの絵を描く、というゲームは二人でやると最高におもしろいです。時間もうまくつぶせました。携帯ではできない、パソコンでもできない、iPadならではの使い方です。
…ただ、「新しいカテゴリ」と言われているわりには、オンリーワンの機能がちょっと少ない印象はぬぐえません。iPad発売から1ヶ月弱、iPadアプリの盛り上がりが停滞気味になっているのは危険な兆候かもしれません。もうすこし開発者に優しくてもよいのでは。
・ここがよければもっといい(追記)
アプリ開発のハードルが下がっていないのは、ipadの問題というよりAppleの問題ですが、もっとカジュアルアプリが作れる環境がほしいです。これが一番強い要望です。
金属表面が梨地のせいでつるんつるんですから、摩擦係数の髙いカバーをつけると手に吸い付いて安心です。ただ、Macbookのデザインを取り入れて、ねじ固定できるラバーボトムにしてもよかったのでは(軽いし)、と思います。
iPhoneOS3.2は完成途上バージョンという雰囲気。OSのアップデートはiOS4になる前に何度かやってほしい。たとえばキー入力の仕上がり(英語キーボードと日本語キーボードの切り替え時にキーを押すと変換がおかしいことになるとか、日本語キー自体の入力効率の悪さとか、カーソルキーがないとか、気になる。外付けキーをつなげばだいぶよくなる。)
あと、MagicMouseが使えたらいいと思います。やはりキーボードが接続できる、Dockで立てられるとなると、脇にあるPC用のマウスに手が伸びてしまうのが人情かと。
Safariは微妙です。Flash未対応はどうでもいいんですが、検索窓が小さいこととか、レンダリング時のページ幅が変えられない(デフォルトでは小さすぎて、30センチくらいの距離で見ないとよく見えない)。重さのせいで、持ち方を固定させすぎている感じがあります。これだけ小さい表示だと、500gでも重いかもしれない。きっと来年度出るかもしれないiPad4ではプラスチックを多用して軽くしてくるはずです。
・懸念
iPadは異端児のような気がします。iPadの「世代」を象徴するセンサーやインタフェースは3GSからカメラを取ったもの+XGA画面と特殊。4に相当する両面カメラ・512MBRAMの後継機が出るのか?都心ユーザーにとってはiPhoneのほうが使いやすいはず。そんな位置づけのiPadにアプリ開発者がどれだけつくか?などなど。iPhone4の登場でiPadが微妙扱いを受けるのは必至のような気がして、心配です。
・純正グッズの出荷は7月中旬以降
カメラコネクタ、ケースなどは品切れ。ケースはいいとしてカメラコネクタが手に入らないのが痛い。
ちなみにカメラコネクタにはUSB端子付きとSD端子付きがあり、USBコネクタにはいろいろささるらしい。
・純正Dock・純正USBケーブルは微妙。
Dockだけあったので買ってみたけど、テーブルに置くと角度が立ちすぎて首が痛い。
iPad売り場にあるアクリル樹脂にシリコンゴムで滑り止めした、15度くらいに固定してくれるのを純正グッズで売り出してくれると有り難い。(でも、売り場のiPadの充電ケーブルがのきなみ抜けていたのは気になるところ…iPhoneでもあのケーブルが接触不良になることが多いので、買うときはサードパーティーの頑丈ケーブルにしたほうがよさそう。
ちなみにiPadは並のUSB端子(500mA)では充電すらできません。車載アダプタも「充電中ではありません」とか表示します。MacのUSB端子はiPhone/iPadを接続すると1A程度まで供給するようなので、Macなら大丈夫です。WindowsユーザーはACアダプタ(10W、5V2A)で充電する必要がありそうです。
・意外だったこと…iPhoneは電話機としては微妙。
iPhoneはパケットを封じられて、ほぼ単なる電話機になりましたが、電話エクスペリエンスが意外と低かった。そもそもソフトバンクで電波が弱い上に、留守番電話サービスへの転送までの時間を変えられない(3~4コール)、留守番電話サービスには着信電話番号が記録されない、着信あり(留守電あり)のショートメッセージをタップするといきなり相手にかけ始める(留守電サービスに転送すべき)、本体内の留守番電話がない、などなど、電話受けが多いとイラッと来ることばかりです。
ちなみに使っているiPhone OSはiOS4GM。この状況が次世代iPhone4でも続くと思うと、がっかりです。
2010年5月25日
ポータブルWiFiはだめでしょう
どこでもwifiと同じオチな気がする。
3G回線の性質として、携帯電話程度の電源では連続通信が数時間程度というのがある。しかも、Wifiも電力を使うため、電力と発熱の両面から電源付けっぱなしにするという選択肢はない。つまり、ルーターをオフにしてiPhoneを待機中させてるとき、メールの送受信だとかプッシュ通知だとかは利用できないと思われる。これは原因としては、端末どうしの接続にwifiを使っているため。
あと、電源ONとともに3G回線は待機状態になるけども、ポータブルWiFiは所詮WiFiだから、iPadより先に電源を入れたり切ったりというのをやらないとエラーになったり、というのがいけない。3G通信のいいところを取り入れたのがiPadやiPhoneなのに、今更Wifiの面倒くささに戻らないといけないというのが微妙すぎる。
結局のところ、iPhoneのBluetooth PANによるテザリングってのが電力的にも使用方法としても一番現実的だった。どこでもwifiを持ち歩くよりは、iPhoneの外付けバッテリーを持っている方がまだまし。ソフトバンクもpocketWiFiを出したんだから、テザリング開放でいいじゃないですか。って言いたい。
2010年5月14日
iPadの居場所~Appleの居場所
Appleのイベントでまさに「iPad」というガジェットがスクリーンに紹介されたときのことを思い出している。左側にはiPhone、右側にはMacbook Proがあり、その真ん中に2本の縦線が引かれた。その隙間に現れたモノがiPadだった。iPadの居場所がスライドショーの表すとおりだけであれば、この記事には何の意味もないけど、本当にそれだけか?というのが今回の記事。
まず、AppleはApple以外のガジェットとの相互作用のことを、利用者に意識させないようにしていることがスライドからも見て取れる。Appleが他社製品をスクリーンに出すのは決まってそれを否定するためだけだった。しかし現在のWindowsは実のところXperia(Android)ともWindowsMobileとも接続され、iTunesもWindowsで動く様になっているし、Officeをはじめ多様なアプリケーションがユーザーと日々やりとりする多彩なノードである。だけれども、AppleはBonjourやiTunesの実装からも、Windowsを単なるiTunesストレージとしてしか見ていないようだ。
この見方からすれば、MacはiPadやiPhoneから見て何者なのか、言い換えれば、Appleが成長させたがっている「Mac」と、できるだけMacにスイッチさせたいのであろう「Windows」との違いはなんだろうか?という点が疑問に思える。
自分のプライベートで利用する姿を思い出して考えると、まるで違いがない。ウェブを見て、メールを見て、返信して、Youtube見て、という感じである。仕事のことを考えると、Windows版Officeが使いやすいのでWindowsを選ぶ。仲間はMac&iWorkで仕事をしている人もいるので、これも百歩譲って同等と見なせば、まるで違いがない。どういうことだろう。MacとWindowsは単なる主義の違いだけなのか?
とそれでは身がない記事で終わってしまうので、視点を広げて、報道された一連のことをまぜて考えると、MacはiPad/iPhoneのプログラミングプラットフォームなんだ、ということが頭に浮かんだ。これは何度か書いたし、結構合点がいっていた。Windowsは多数のメーカーが参入し、ほとんどのプラットフォームのアプリケーションを作成できる。また、FlashやJavaやエミュレーターのようなラッパーを被せることもできる。そうなるとユーザーはハードウェアに対して価値を見いださなくなる可能性は十分にある。ユーザーはサイズと値段と容姿を勘案して機種を選ぶ。アップルはユーザーが自由に機種を選べるということを避けているわけではないのだが、少なくともWindowsやLinuxに開発されることを避けている、と言えるのではないか。(これが本記事における「iPadの位置づけ」の回答。)報道にはJava非搭載の件は上がってきていないけれど、AppleはもちろんiPad/iPhone上にJavaを乗せる気なんてさらさらなかろう。アイラブAppleキャンペーンをSUNが始めたら面白そうだが、ラブコールを受け入れられるほどAppleはそのことを軽視していない。(もし軽視しているなら、Flashのラブコールも即座に受け入れるはずだから。)AppleはiPad/iPhoneのプログラミングプラットフォームとしてMacしか受け容れない。
もしこの見方がその通りなら、なぜダメかという点について、こういう見方もできる。(もちろん、他の見方もできるだろうけれど。たとえば単にラッパーがファットだからという理由とか。ごもっとも)
開発という点を考えると、Windowsはユーザーにも開発者にも「自由」を与えてきた。その結果、エログロからウイルスから何から、すべて市場の気の向くままに看過してきた。Appleがコンピューターをまだ続けている理由は、そこを憎んでいるのではないだろうか、という見方だ。AppleはiPod初代の頃から、ユーザも開発者もフェアーであるべしと掲げてきた。iPodでは著作権管理を、iPhoneではポルノやバイオレンスといった一連の「EXPLICIT」な項目の制限を、それぞれ盛り込んできた。ウイルスの心配もないですよ、という台詞もMacユーザーには耳慣れたものだ。これもまた、WindowsとMacの決定的な違いと言える。Macはコンテンツ生成に関わる悪者を排除する仕組みを固持しようとしている。対してWindowsにとっての「悪者」は、WindowsかOfficeの違法コピーユーザーだけで、それを排除する仕組みだけは用意されている(と素朴に思う)。
単なる一面を全体と思うわけではないけれど、Appleの理想を想像してみると、Appleの製品だけがある場所(ネットワーク)では安心して楽しめるというセカイが目指されている、というふうにイメージした。敷衍すれば、SoftbankにiPad予約の際にはクレジットカードによる身分証明をすべしとか、一人2台とか、その他いろいろごちゃごちゃ言うのもなんとなくわかるような気がする。Flash論争も、Flashが嫌いなわけではなくて、Adobeがアプリ検閲の仕組みを作るか、Appleに審査を委譲する手立てを用意しないことについて文句を言ってるのでは。
とまあ、なんとなく話しきった感じなので終わりますが、一言で言えば、つまりAppleは「Macはフェアな人だけ使ってくれればいいよ、でもMacbookじゃ重いし、iPhoneじゃ小さいだろうから、iPad出しておくから」と思っているんじゃないか、ということ。Dellのmini5が出ようがWin7タブレットが出ようが、はたまたAndroid Tabletが出ようが、Apple的にも市場的にも関係ないんです。フェアなことにかけてはAppleが一番だし、著作権者はスタート時点でもっともフェアなところを選ぶということは予想として固いので。人の著作を運ぶ乗り物としてiPod/iPhone/iPadは想像以上の長い時間をかけてそのルールを整備してきた。他社がポッと出したところで勝負にはならないだろう。(joojooとか!)
結局、スライド以上の意味は無かった(笑)。ただ、開発者にとってスライドの右側にあるガジェットはMacでなければならない、というのもなんとなくわかった。
いろいろ突っ込みどころも満載の筈。(なんでObjectiveC/C++/JavaScript以外のプログラミング言語を認めない理由の説明ができていない、とか。あんまり幅を広げると、バイナリで審査できないからとかかな?)
突っ込んでください。
ただ、いちメーカーがそんなこと考えてるかいな、と思った方は、
のあたりでAppleの哲学的な深みを垣間見ることができるんじゃないかと思います。
(元記事が契約期限切れで存在しないので、ブログを引用させてもらいました。英語の原文も載っています)
2010年4月7日
久しぶりの秋葉原で感じたこと
秋葉原にはもはや値段決定権はないんだな,というのを感じた。中古市場と買い取りの市場はネットオークションで個人が勝手に(原価とか考えずに)決めちゃうんだ。今や中古市場の販売価格はジャンク屋と同じ相場になりつつあるし,個人がPCを売る場合にも,「お売りください」で買ってくれる店に行くよりオークションで売った方が高く売れる。
秋葉原にあったエコノミーは,情報を流して流通で売れるようになった今,結果として宅急便業者とオークションシステム運営者に分配されてしまっている。中古市場としての秋葉原はもう死に体なんだと思った。なのできっと買い取り希望の客足も減っているはずだ。全然「新しい中古」が見えてこない。旧世代の旧世代,Thinkpadで言えばX41とかX40レベルの奴らが結構な値段で転がっている。X200の中古とか見たことない。
そんな秋葉原でも,まだおもしろみがあり,時々は足を向けたくなるのは,現品一点ものがたくさん並んでいることとか,「買っちゃう決断」ができるところなのだろう,と思っていた。珍しいものもある。それを見つける楽しさは,相場は違うが主婦がバーゲンで服に群がるのと似た楽しさなんだろう。他業種の売り方に倣えば,スーパーの売り場みたいに「ただいまから○○が半額!半額!」というような#Akibaハッシュタグ的情報を流すのがおもしろいだろう。そもそも傷むものではないPCが半額というのもナンセンスな話なので,たとえばおまけをつけますとか,ポイント今から10分だけ3倍とか,そういうほうが「手に取った商品を確実にレジに運んでもらえる」し「購買意欲は盛り上が」るだろう。商品にQRコードをくっつけておいて,製品情報を見ていると唐突にポイント3倍ツイートが入るとかね。それとか,マグロの解体ショーならぬPCの解体ショーでもするとか。この部品はいくらで売るよ!とか。人が集まる,というのは大事だよね。
最近閑散としているデジカメももっと売り方があると思う。今の売り方は「見てください,撮ってみてください,新機能を試してください」だけで,別に「これすごい」とか「これほしい」というふうにはなりづらい。「あなたの機種はどれですか?」から「今の機種はこんなに違う」と展開していけば,すごいと思わせることはできるかもしれない。
そう考えると,モノを売るための手取り足取りというのはモノの仕事ではなくて,販売店の店員がすべきことだと思う。リアル店舗は現物があるからか,やはり情報の取捨選択が甘い。必要な情報がなかったり,不要な情報が多かったり。モノがすべてを語る時代はすでに終わっている。モノの魅力は背中で語るのではなく,手取り足取り語っていく必要があるのだろう。そこにリアル店員の労働があるんだし,報酬(むやみに安い下取り金額や,ネットよりは高い価格付けのこと)が発生すべきだと考える。
秋葉原でlenovo s10-3tを見てきた。静電容量式タッチパネル付き11.3インチ1024x600ディスプレイのコンパーチブルタブレットマシンだ。
目的の一つは,静電容量式タッチパネルの性能を見てみたかった。JoojooもiPadも静電容量式なので,果たしてどのくらい精度が出るのか(蛍光ペンくらいなら引けるのか?文字も書けるのか?とか)を確かめておきたかったから。これはやはりというか,精度はあまりよくはない。文字を書こうとすると,5センチ角くらいの文字になってしまう。これでは大きすぎる。文字は無理でも,蛍光ペンくらいなら,できそうだ。HP Slateも,せいぜいソフトキーボードが限界で手書き認識はあきらめるべきだと思う。マルチタッチ画面でのソフトウェアキーボードは思いの外早くタイピングできることは確かめられたので,手書きはタブレットPCの特権ということで好いと思う。
もう一つの目的は,ゼロプレッシャーな指タッチに特化したUIがどういうUXを生むのか,というのを確かめてみたかった。レノボは一応「めくれるtxt pdfリーダー」(平たく言えばiBooksもどき)を既にs10-3tに搭載してきていた。立ち上げると「新しい本棚」という文字が書かれた空の書架が出てきて,そこにtxtファイルなりPDFを登録して,タッチでビューア画面が開く…という至ってシンプルな,旧世代のソフトウェアだ。タッチパネルはとても快適に動作した。指圧はまったくなくドラッグできる。マルチタッチもおもしろいくらい快適だ。だが,テキストファイルは文字化けしたし,ファイルは登録しないと書架に入らない。しかも1つの書架には9つのファイルしか登録できない。いったい何冊の本を読むことをデザインしているのかわからないし,そもそもあまりに素朴なグラフィックのせいか,図書館とも書店とも書斎とも勉強机ともつかない微妙な空間を生み出してしまっている。きっと制作者がこの微妙な空間に図書館だとかいろいろな意味を付け加えてしまっているがために,そこにセカイを見いだせないユーザーが奇妙さを感じるという構造をみた。
これはLenovoだけが悪いわけではない。Microsoftのプログラミングモデルにも問題はある。タッチが簡単にインテグレートされているWindowsSDKは,TabletPC SDK時代に比べたら革新的な技術だと思う。だけど,セカイとつながりやすいモデルはプログラマー任せで何も提供していない。結局のところ問題の核心はそこなのかもしれない。
iPadは電話通話を捨て,GPSすら捨て,書架というモノをPCの中に作り出した。これは,ユーザーから見ればたいしたことはない,当たり前のことかもしれないが,プログラミングの視点から見れば失敗に失敗を重ねて,ようやく作り出したモノ(書架)の復原状態といえる。Appleの物作りはこの努力があるからこそ,人を惹き付ける。lenovoのソフトには正直,魅力はない。自作のソフトでも,iPadほど魅力的なモノを作るスキルがない。結局のところ,lenovoのソフトにもかなわないんだから,第三者的魅力は生み出せない。
そういうわけで,何かをそぎ落としたものを機能と呼ぶなら,機能はそこまで重要ではない。大事なことは,大切な物をできるだけそぎ落とさないという姿勢なんであって,それをしたらしただけ価値が生まれる。ソフマップの店員さんは,s10-3tのバッテリは飛び出すのか,という質問にバッテリを持ってきて対応してくれたし,案の定飛び出すので「飛び出さないバッテリの取り扱いはあるか」という問いに,15分ほどかけて「ちょっと無理です」という返答を出してくれた。こっちはlenovoの様子を見ていただけなのに,そういう対応をされただけで,すっかりお客様気分になってしまった。それだけでも対応時間に見合う額を払うとか,アメリカのチップ制度みたいなものがあってもいいと思った。それで,なんとかごめんなさいを言って抜け出して,Vaio Pを見ていたら,アラブ系の顔立ちの店員さんがVaio Pの液晶画面をむんずとつかんで横にずらし,新たな機種をどすん,と置いて,がちゃがちゃと配線をつなぎ値札を置いた。
見ぬもの清しととるべきか,知らぬが仏ととるべきか。
オールドタイプな僕が店員なら裏に呼んで怒り散らすところだけれど,それでも売り上手な店員がいればお客様になってしまうのだろう。アキバは店員と客の国際化も相まって,非っ常~に奥深い。
とりとめがないですが,雑記と言うことでご勘弁を。
秋葉原にあったエコノミーは,情報を流して流通で売れるようになった今,結果として宅急便業者とオークションシステム運営者に分配されてしまっている。中古市場としての秋葉原はもう死に体なんだと思った。なのできっと買い取り希望の客足も減っているはずだ。全然「新しい中古」が見えてこない。旧世代の旧世代,Thinkpadで言えばX41とかX40レベルの奴らが結構な値段で転がっている。X200の中古とか見たことない。
そんな秋葉原でも,まだおもしろみがあり,時々は足を向けたくなるのは,現品一点ものがたくさん並んでいることとか,「買っちゃう決断」ができるところなのだろう,と思っていた。珍しいものもある。それを見つける楽しさは,相場は違うが主婦がバーゲンで服に群がるのと似た楽しさなんだろう。他業種の売り方に倣えば,スーパーの売り場みたいに「ただいまから○○が半額!半額!」というような#Akibaハッシュタグ的情報を流すのがおもしろいだろう。そもそも傷むものではないPCが半額というのもナンセンスな話なので,たとえばおまけをつけますとか,ポイント今から10分だけ3倍とか,そういうほうが「手に取った商品を確実にレジに運んでもらえる」し「購買意欲は盛り上が」るだろう。商品にQRコードをくっつけておいて,製品情報を見ていると唐突にポイント3倍ツイートが入るとかね。それとか,マグロの解体ショーならぬPCの解体ショーでもするとか。この部品はいくらで売るよ!とか。人が集まる,というのは大事だよね。
最近閑散としているデジカメももっと売り方があると思う。今の売り方は「見てください,撮ってみてください,新機能を試してください」だけで,別に「これすごい」とか「これほしい」というふうにはなりづらい。「あなたの機種はどれですか?」から「今の機種はこんなに違う」と展開していけば,すごいと思わせることはできるかもしれない。
そう考えると,モノを売るための手取り足取りというのはモノの仕事ではなくて,販売店の店員がすべきことだと思う。リアル店舗は現物があるからか,やはり情報の取捨選択が甘い。必要な情報がなかったり,不要な情報が多かったり。モノがすべてを語る時代はすでに終わっている。モノの魅力は背中で語るのではなく,手取り足取り語っていく必要があるのだろう。そこにリアル店員の労働があるんだし,報酬(むやみに安い下取り金額や,ネットよりは高い価格付けのこと)が発生すべきだと考える。
秋葉原でlenovo s10-3tを見てきた。静電容量式タッチパネル付き11.3インチ1024x600ディスプレイのコンパーチブルタブレットマシンだ。
目的の一つは,静電容量式タッチパネルの性能を見てみたかった。JoojooもiPadも静電容量式なので,果たしてどのくらい精度が出るのか(蛍光ペンくらいなら引けるのか?文字も書けるのか?とか)を確かめておきたかったから。これはやはりというか,精度はあまりよくはない。文字を書こうとすると,5センチ角くらいの文字になってしまう。これでは大きすぎる。文字は無理でも,蛍光ペンくらいなら,できそうだ。HP Slateも,せいぜいソフトキーボードが限界で手書き認識はあきらめるべきだと思う。マルチタッチ画面でのソフトウェアキーボードは思いの外早くタイピングできることは確かめられたので,手書きはタブレットPCの特権ということで好いと思う。
もう一つの目的は,ゼロプレッシャーな指タッチに特化したUIがどういうUXを生むのか,というのを確かめてみたかった。レノボは一応「めくれるtxt pdfリーダー」(平たく言えばiBooksもどき)を既にs10-3tに搭載してきていた。立ち上げると「新しい本棚」という文字が書かれた空の書架が出てきて,そこにtxtファイルなりPDFを登録して,タッチでビューア画面が開く…という至ってシンプルな,旧世代のソフトウェアだ。タッチパネルはとても快適に動作した。指圧はまったくなくドラッグできる。マルチタッチもおもしろいくらい快適だ。だが,テキストファイルは文字化けしたし,ファイルは登録しないと書架に入らない。しかも1つの書架には9つのファイルしか登録できない。いったい何冊の本を読むことをデザインしているのかわからないし,そもそもあまりに素朴なグラフィックのせいか,図書館とも書店とも書斎とも勉強机ともつかない微妙な空間を生み出してしまっている。きっと制作者がこの微妙な空間に図書館だとかいろいろな意味を付け加えてしまっているがために,そこにセカイを見いだせないユーザーが奇妙さを感じるという構造をみた。
これはLenovoだけが悪いわけではない。Microsoftのプログラミングモデルにも問題はある。タッチが簡単にインテグレートされているWindowsSDKは,TabletPC SDK時代に比べたら革新的な技術だと思う。だけど,セカイとつながりやすいモデルはプログラマー任せで何も提供していない。結局のところ問題の核心はそこなのかもしれない。
iPadは電話通話を捨て,GPSすら捨て,書架というモノをPCの中に作り出した。これは,ユーザーから見ればたいしたことはない,当たり前のことかもしれないが,プログラミングの視点から見れば失敗に失敗を重ねて,ようやく作り出したモノ(書架)の復原状態といえる。Appleの物作りはこの努力があるからこそ,人を惹き付ける。lenovoのソフトには正直,魅力はない。自作のソフトでも,iPadほど魅力的なモノを作るスキルがない。結局のところ,lenovoのソフトにもかなわないんだから,第三者的魅力は生み出せない。
そういうわけで,何かをそぎ落としたものを機能と呼ぶなら,機能はそこまで重要ではない。大事なことは,大切な物をできるだけそぎ落とさないという姿勢なんであって,それをしたらしただけ価値が生まれる。ソフマップの店員さんは,s10-3tのバッテリは飛び出すのか,という質問にバッテリを持ってきて対応してくれたし,案の定飛び出すので「飛び出さないバッテリの取り扱いはあるか」という問いに,15分ほどかけて「ちょっと無理です」という返答を出してくれた。こっちはlenovoの様子を見ていただけなのに,そういう対応をされただけで,すっかりお客様気分になってしまった。それだけでも対応時間に見合う額を払うとか,アメリカのチップ制度みたいなものがあってもいいと思った。それで,なんとかごめんなさいを言って抜け出して,Vaio Pを見ていたら,アラブ系の顔立ちの店員さんがVaio Pの液晶画面をむんずとつかんで横にずらし,新たな機種をどすん,と置いて,がちゃがちゃと配線をつなぎ値札を置いた。
見ぬもの清しととるべきか,知らぬが仏ととるべきか。
オールドタイプな僕が店員なら裏に呼んで怒り散らすところだけれど,それでも売り上手な店員がいればお客様になってしまうのだろう。アキバは店員と客の国際化も相まって,非っ常~に奥深い。
とりとめがないですが,雑記と言うことでご勘弁を。
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